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匿名希望  ( 2015年2月18日 19時25分 )  << 削除

※私この度生まれて初めて入院しております。初期の膵炎との事で、短期です。ネタが増える事と思います。
今月上野さんはお休み致しますが、3月は完治させ、【寄席】も
【『高度勢朝の会』】も全ういたします!!ご心配要りませんので。

※ずっとやりたかった【「春風亭勢朝師匠と寄席を観る会」】が実現した。
2月8日、池袋演芸場に寄席ビギナー
6人を連れて12時30分集合。
当日は長野から4人参加。「池袋演劇場は空気がきれい、なぜならお客さんがいないから」
というまくらが遠い昔の様な超満員大盛況。
春風亭勢朝が亡き師匠を偲んで「柳朝伝」でわかせ、
【ホンキートンク】が切れ味鋭い瞬発力のある漫才で笑わせ、
【春風亭一之輔】がテレビでは絶対できない「唖の釣り(おしのつり)」で大爆笑を誘う。
【林家二楽】が不機嫌な子供に「妖怪ウオッチ」の紙切りを作ってご機嫌にさせて、
【川柳川柳】が84歳の老体にムチ打って「ガーコン」で軍歌を大熱唱。
仲入り後は、【古今亭志ん輔】が「宮戸川」をさらっとやって
【ペペ桜井】がギター漫談で和ませ、
主任の【春風亭一朝】がたっぷり口跡のいい江戸弁で「天災」を聴かせてくれた。
4時間、「寄席の世界」を堪能することができた。
昼夜入れ替えなしのため夜の部を途中で引き揚げ勢朝師匠を囲んで「解説と楽屋噺」。
ここには書けない面白噺を浴びるように聞いてお開きとなる。
寄席とはつくづくリレー芸だな感心する。
長野から来た寄席ビギナーも「こんなに面白い世界があるんですね」と大満足。
テレビや映画では味わえない生の楽しさがライブの魅力。
いい会ができてよかった

【岡町高弥】さん(私が最も信頼する、本物の藝を見極める眼【『審藝眼』】{薬じゃありません}をお持ちの方です)

※3月11日〜20日
【『上野鈴本演芸場』】{2時頃}

※【『高度勢朝の会』】
【3月22日(日)】{池袋演芸場}

※現場至上主義…東西750人と言われる落語家の中で、私の売り物は【『臨機応変』】です。その場の雰囲気に合わせた噺を心掛けてます。場所も選びません!!
歌舞伎町から歌舞伎座まで極めた噺家です!!!

【『生涯現役一プレーヤー』】である事を宣言します!!(私の様な者でも弟子入り志望の若者が来てくれました。大変嬉しい事ですが、断りました。コーチや監督の器ではありません!生涯自分が教えを乞います)

【『あくまでも笑いを追及』】聞かせる落語も好きですが、トコトン笑いに向かい合います!高座だけで勝負しません。打ち上げも含め、最終的にお客様が楽しくお帰り戴ければ本望です。打ち上げ込みで呼んで下さい!!

【『噺家でお伽噺衆』】噺家と言うからには新しい話題(時事ネタ等)語り続けます!!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
※1979年(昭和54年8月)【五代目春風亭柳朝】に入門{場所は新宿末広亭二階『楽屋喫茶店』後見人【馬場雅夫】氏【遠藤末廣亭元支配人】離れた席に【小朝】(翌年38人抜きで抜擢真打)師匠曰く「ついこの間、銀座で水割り40杯呑んでぶっ倒れて、病院に運ばれて、気が付いたら点滴打たれてたので、こちとらこんな所に居る、お兄ぃさんじゃねぇと、点滴外してグァム島行って戻って来たばかりだ…弟子を取れる状態じぁないけど、間に入った方の義理があるから弟子にする。で、俺にもしもの事があったら、あそこに居る【小朝】の弟子にする。あいつは来年真打に成って、必ず売れるから…」との条件で入門を許される。その場で【朝松】と言う前座名を戴いたが、同行していた母(伊勢崎の芸者【竜子】当時は現役)が「余り画数が良くありません」と発言…仲介者呆れる!?「じゃあ、出身地の【勢】を取って【勢朝】だ…高校出て、それから大学行っても良い、もう俺の弟子なんだから、好きにしなさい」との有り難いお言葉に甘え、高校出るまで見習い期間を頂戴する}その年からあっという間の36年でした。

※節目の年の私のバックボーン【『高度勢朝の会』】程が決まっております。

勿論例年になく気合いの会にしますので、早目に予定にお入れ下されば嬉しゅうございます!!

【2015年3月22日(日)】

場所は【池袋演芸場】ゲストは【左橋・一九】両師(予定)で、例年通りですが…【藝のグレード】が違います!!!乞うご期待。

※全国何処へでも伺います。わかりやすい落語をお届け致します。気軽にお声掛け下さいませ。

【春風亭 勢朝】(しゅんぷうてい せいちょう、1962年8月8日 - )は、群馬県伊勢崎市出身の落語家。落語協会所属。本名は高橋 俊人(たかはし としひと)。出囃子は『野球拳』 ※『揺りかごから墓場まで、歌舞伎町から歌舞伎座まで、何処へでも行って笑わせる…がモットー』

略歴
1979年8月 - 5代目春風亭柳朝に入門「勢朝」を名乗る。1984年3月 - 二つ目昇進。1991年2月 - 師匠柳朝死去に伴い兄弟子春風亭小朝一門に移籍。
1996年3月 - 真打昇進
2001年 - 第6回 林家彦六賞受賞。

※2015年現在…寄席(定席)を中心に、年間250席以上落語を語り、楽屋で3時間喋りまくってます!!




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匿名希望  ( 2015年2月18日 19時13分 )  << 削除
※私この度生まれて初めて入院しております。初期の膵炎との事で、短期です。ネタが増える事と思います。
今月上野さんはお休み致しますが、3月は完治させ、寄席も『高度勢朝の会』も全ういたします!!

※ずっとやりたかった【「春風亭勢朝師匠と寄席を観る会」】が実現した。
2月8日、池袋演芸場に寄席ビギナー
6人を連れて12時30分集合。
当日は長野から4人参加。「池袋演劇場は空気がきれい、なぜならお客さんがいないから」
というまくらが遠い昔の様な超満員大盛況。
春風亭勢朝が亡き師匠を偲んで「柳朝伝」でわかせ、
【ホンキートンク】が切れ味鋭い瞬発力のある漫才で笑わせ、
【春風亭一之輔】がテレビでは絶対できない「唖の釣り(おしのつり)」で大爆笑を誘う。
【林家二楽】が不機嫌な子供に「妖怪ウオッチ」の紙切りを作ってご機嫌にさせて、
【川柳川柳】が84歳の老体にムチ打って「ガーコン」で軍歌を大熱唱。
仲入り後は、【古今亭志ん輔】が「宮戸川」をさらっとやって
【ペペ桜井】がギター漫談で和ませ、
主任の【春風亭一朝】がたっぷり口跡のいい江戸弁で「天災」を聴かせてくれた。
4時間、「寄席の世界」を堪能することができた。
昼夜入れ替えなしのため夜の部を途中で引き揚げ勢朝師匠を囲んで「解説と楽屋噺」。
ここには書けない面白噺を浴びるように聞いてお開きとなる。
寄席とはつくづくリレー芸だな感心する。
長野から来た寄席ビギナーも「こんなに面白い世界があるんですね」と大満足。
テレビや映画では味わえない生の楽しさがライブの魅力。
いい会ができてよかった

【岡町高弥】さん(私が最も信頼する、本物の藝を見極める眼【『審藝眼』】{薬じゃありません}をお持ちの方です)

※3月11日〜20日
【『上野鈴本演芸場』】{2時頃}

※【『高度勢朝の会』】
【3月22日(日)】{池袋演芸場}

※現場至上主義…東西750人と言われる落語家の中で、私の売り物は【『臨機応変』】です。その場の雰囲気に合わせた噺を心掛けてます。場所も選びません!!
歌舞伎町から歌舞伎座まで極めた噺家です!!!

【『生涯現役一プレーヤー』】である事を宣言します!!(私の様な者でも弟子入り志望の若者が来てくれました。大変嬉しい事ですが、断りました。コーチや監督の器ではありません!生涯自分が教えを乞います)

【『あくまでも笑いを追及』】聞かせる落語も好きですが、トコトン笑いに向かい合います!高座だけで勝負しません。打ち上げも含め、最終的にお客様が楽しくお帰り戴ければ本望です。打ち上げ込みで呼んで下さい!!

【『噺家でお伽噺衆』】噺家と言うからには新しい話題(時事ネタ等)語り続けます!!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
※1979年(昭和54年8月)【五代目春風亭柳朝】に入門{場所は新宿末広亭二階『楽屋喫茶店』後見人【馬場雅夫】氏【遠藤末廣亭元支配人】離れた席に【小朝】(翌年38人抜きで抜擢真打)師匠曰く「ついこの間、銀座で水割り40杯呑んでぶっ倒れて、病院に運ばれて、気が付いたら点滴打たれてたので、こちとらこんな所に居る、お兄ぃさんじゃねぇと、点滴外してグァム島行って戻って来たばかりだ…弟子を取れる状態じぁないけど、間に入った方の義理があるから弟子にする。で、俺にもしもの事があったら、あそこに居る【小朝】の弟子にする。あいつは来年真打に成って、必ず売れるから…」との条件で入門を許される。その場で【朝松】と言う前座名を戴いたが、同行していた母(伊勢崎の芸者【竜子】当時は現役)が「余り画数が良くありません」と発言…仲介者呆れる!?「じゃあ、出身地の【勢】を取って【勢朝】だ…高校出て、それから大学行っても良い、もう俺の弟子なんだから、好きにしなさい」との有り難いお言葉に甘え、高校出るまで見習い期間を頂戴する}その年からあっという間の36年でした。

※節目の年の私のバックボーン【『高度勢朝の会』】程が決まっております。

勿論例年になく気合いの会にしますので、早目に予定にお入れ下されば嬉しゅうございます!!

【2015年3月22日(日)】

場所は【池袋演芸場】ゲストは【左橋・一九】両師(予定)で、例年通りですが…【藝のグレード】が違います!!!乞うご期待。

※全国何処へでも伺います。わかりやすい落語をお届け致します。気軽にお声掛け下さいませ。

【春風亭 勢朝】(しゅんぷうてい せいちょう、1962年8月8日 - )は、群馬県伊勢崎市出身の落語家。落語協会所属。本名は高橋 俊人(たかはし としひと)。出囃子は『野球拳』 ※『揺りかごから墓場まで、歌舞伎町から歌舞伎座まで、何処へでも行って笑わせる…がモットー』

略歴
1979年8月 - 5代目春風亭柳朝に入門「勢朝」を名乗る。1984年3月 - 二つ目昇進。1991年2月 - 師匠柳朝死去に伴い兄弟子春風亭小朝一門に移籍。
1996年3月 - 真打昇進
2001年 - 第6回 林家彦六賞受賞。

※2015年現在…寄席(定席)を中心に、年間250席以上落語を語り、楽屋で3時間喋りまくってます!!




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匿名希望  ( 2015年2月13日 5時32分 )  << 削除
※ずっとやりたかった【「春風亭勢朝師匠と寄席を観る会」】が実現した。
2月8日、池袋演芸場に寄席ビギナー
6人を連れて12時30分集合。
当日は長野から4人参加。「池袋演劇場は空気がきれい、なぜならお客さんがいないから」
というまくらが遠い昔の様な超満員大盛況。
春風亭勢朝が亡き師匠を偲んで「柳朝伝」でわかせ、
【ホンキートンク】が切れ味鋭い瞬発力のある漫才で笑わせ、
【春風亭一之輔】がテレビでは絶対できない「唖の釣り(おしのつり)」で大爆笑を誘う。
【林家二楽】が不機嫌な子供に「妖怪ウオッチ」の紙切りを作ってご機嫌にさせて、
【川柳川柳】が84歳の老体にムチ打って「ガーコン」で軍歌を大熱唱。
仲入り後は、【古今亭志ん輔】が「宮戸川」をさらっとやって
【ペペ桜井】がギター漫談で和ませ、
主任の【春風亭一朝】がたっぷり口跡のいい江戸弁で「天災」を聴かせてくれた。
4時間、「寄席の世界」を堪能することができた。
昼夜入れ替えなしのため夜の部を途中で引き揚げ勢朝師匠を囲んで「解説と楽屋噺」。
ここには書けない面白噺を浴びるように聞いてお開きとなる。
寄席とはつくづくリレー芸だな感心する。
長野から来た寄席ビギナーも「こんなに面白い世界があるんですね」と大満足。
テレビや映画では味わえない生の楽しさがライブの魅力。
いい会ができてよかった

【岡町高弥】さん(私が最も信頼する、本物の藝を見極める眼【『審藝眼』】{薬じゃありません}をお持ちの方です)

※2月1〜10日
【『池袋演芸場』】{1時45分頃}

※2月21日〜28日
【『上野鈴本演芸場』】{2時頃}
奮闘します!!

※3月11日〜20日
【『上野鈴本演芸場』】{2時頃}

※【『高度勢朝の会』】
【3月22日(日)】{池袋演芸場}

※現場至上主義…東西750人と言われる落語家の中で、私の売り物は【『臨機応変』】です。その場の雰囲気に合わせた噺を心掛けてます。場所も選びません!!
歌舞伎町から歌舞伎座まで極めた噺家です!!!

【『生涯現役一プレーヤー』】である事を宣言します!!(私の様な者でも弟子入り志望の若者が来てくれました。大変嬉しい事ですが、断りました。コーチや監督の器ではありません!生涯自分が教えを乞います)

【『あくまでも笑いを追及』】聞かせる落語も好きですが、トコトン笑いに向かい合います!高座だけで勝負しません。打ち上げも含め、最終的にお客様が楽しくお帰り戴ければ本望です。打ち上げ込みで呼んで下さい!!

【『噺家でお伽噺衆』】噺家と言うからには新しい話題(時事ネタ等)語り続けます!!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
※1979年(昭和54年8月)【五代目春風亭柳朝】に入門{場所は新宿末広亭二階『楽屋喫茶店』後見人【馬場雅夫】氏【遠藤末廣亭元支配人】離れた席に【小朝】(翌年38人抜きで抜擢真打)師匠曰く「ついこの間、銀座で水割り40杯呑んでぶっ倒れて、病院に運ばれて、気が付いたら点滴打たれてたので、こちとらこんな所に居る、お兄ぃさんじゃねぇと、点滴外してグァム島行って戻って来たばかりだ…弟子を取れる状態じぁないけど、間に入った方の義理があるから弟子にする。で、俺にもしもの事があったら、あそこに居る【小朝】の弟子にする。あいつは来年真打に成って、必ず売れるから…」との条件で入門を許される。その場で【朝松】と言う前座名を戴いたが、同行していた母(伊勢崎の芸者【竜子】当時は現役)が「余り画数が良くありません」と発言…仲介者呆れる!?「じゃあ、出身地の【勢】を取って【勢朝】だ…高校出て、それから大学行っても良い、もう俺の弟子なんだから、好きにしなさい」との有り難いお言葉に甘え、高校出るまで見習い期間を頂戴する}その年からあっという間の36年でした。

※節目の年の私のバックボーン【『高度勢朝の会』】程が決まっております。

勿論例年になく気合いの会にしますので、早目に予定にお入れ下されば嬉しゅうございます!!

【2015年3月22日(日)】

場所は【池袋演芸場】ゲストは【左橋・一九】両師(予定)で、例年通りですが…【藝のグレード】が違います!!!乞うご期待。

※全国何処へでも伺います。わかりやすい落語をお届け致します。気軽にお声掛け下さいませ。

【春風亭 勢朝】(しゅんぷうてい せいちょう、1962年8月8日 - )は、群馬県伊勢崎市出身の落語家。落語協会所属。本名は高橋 俊人(たかはし としひと)。出囃子は『野球拳』 ※『揺りかごから墓場まで、歌舞伎町から歌舞伎座まで、何処へでも行って笑わせる…がモットー』

略歴
1979年8月 - 5代目春風亭柳朝に入門「勢朝」を名乗る。1984年3月 - 二つ目昇進。1991年2月 - 師匠柳朝死去に伴い兄弟子春風亭小朝一門に移籍。
1996年3月 - 真打昇進
2001年 - 第6回 林家彦六賞受賞。

※2015年現在…寄席(定席)を中心に、年間250席以上落語を語り、楽屋で3時間喋りまくってます!!




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匿名希望  ( 2015年2月13日 5時30分 )  << 削除
プロの目でのご意見を掲載致します。

※ずっとやりたかった【「春風亭勢朝師匠と寄席を観る会」】が実現した。
2月8日、池袋演芸場に寄席ビギナー
6人を連れて12時30分集合。
当日は長野から4人参加。「池袋演劇場は空気がきれい、なぜならお客さんがいないから」
というまくらが遠い昔の様な超満員大盛況。
春風亭勢朝が亡き師匠を偲んで「柳朝伝」でわかせ、
【ホンキートンク】が切れ味鋭い瞬発力のある漫才で笑わせ、
【春風亭一之輔がテレビでは絶対できない「唖の釣】り(おしのつり)」で大爆笑を誘う。
【林家二楽】が不機嫌な子供に「妖怪ウオッチ」の紙切りを作ってご機嫌にさせて、
【川柳川柳】が84歳の老体にムチ打って「ガーコン」で軍歌を大熱唱。
仲入り後は、【古今亭志ん輔】が「宮戸川」をさらっとやって
【ペペ桜井】がギター漫談で和ませ、
主任の【春風亭一朝】がたっぷり口跡のいい江戸弁で「天災」を聴かせてくれた。
4時間、「寄席の世界」を堪能することができた。
昼夜入れ替えなしのため夜の部を途中で引き揚げ勢朝師匠を囲んで「解説と楽屋噺」。
ここには書けない面白噺を浴びるように聞いてお開きとなる。
寄席とはつくづくリレー芸だな感心する。
長野から来た寄席ビギナーも「こんなに面白い世界があるんですね」と大満足。
テレビや映画では味わえない生の楽しさがライブの魅力。
いい会ができてよかった

【岡町高弥】さん(私が最も信頼する、本物の藝を見極める眼【『審藝眼』】{薬じゃありません}をお持ちの方です)

※2月1〜10日
【『池袋演芸場』】{1時45分頃}

※2月21日〜28日
【『上野鈴本演芸場』】{2時頃}
奮闘します!!

※3月11日〜20日
【『上野鈴本演芸場』】{2時頃}

※【『高度勢朝の会』】
【3月22日(日)】{池袋演芸場}

※現場至上主義…東西750人と言われる落語家の中で、私の売り物は【『臨機応変』】です。その場の雰囲気に合わせた噺を心掛けてます。場所も選びません!!
歌舞伎町から歌舞伎座まで極めた噺家です!!!

【『生涯現役一プレーヤー』】である事を宣言します!!(私の様な者でも弟子入り志望の若者が来てくれました。大変嬉しい事ですが、断りました。コーチや監督の器ではありません!生涯自分が教えを乞います)

【『あくまでも笑いを追及』】聞かせる落語も好きですが、トコトン笑いに向かい合います!高座だけで勝負しません。打ち上げも含め、最終的にお客様が楽しくお帰り戴ければ本望です。打ち上げ込みで呼んで下さい!!

【『噺家でお伽噺衆』】噺家と言うからには新しい話題(時事ネタ等)語り続けます!!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
※1979年(昭和54年8月)【五代目春風亭柳朝】に入門{場所は新宿末広亭二階『楽屋喫茶店』後見人【馬場雅夫】氏【遠藤末廣亭元支配人】離れた席に【小朝】(翌年38人抜きで抜擢真打)師匠曰く「ついこの間、銀座で水割り40杯呑んでぶっ倒れて、病院に運ばれて、気が付いたら点滴打たれてたので、こちとらこんな所に居る、お兄ぃさんじゃねぇと、点滴外してグァム島行って戻って来たばかりだ…弟子を取れる状態じぁないけど、間に入った方の義理があるから弟子にする。で、俺にもしもの事があったら、あそこに居る【小朝】の弟子にする。あいつは来年真打に成って、必ず売れるから…」との条件で入門を許される。その場で【朝松】と言う前座名を戴いたが、同行していた母(伊勢崎の芸者【竜子】当時は現役)が「余り画数が良くありません」と発言…仲介者呆れる!?「じゃあ、出身地の【勢】を取って【勢朝】だ…高校出て、それから大学行っても良い、もう俺の弟子なんだから、好きにしなさい」との有り難いお言葉に甘え、高校出るまで見習い期間を頂戴する}その年からあっという間の36年でした。

※節目の年の私のバックボーン【『高度勢朝の会』】程が決まっております。

勿論例年になく気合いの会にしますので、早目に予定にお入れ下されば嬉しゅうございます!!

【2015年3月22日(日)】

場所は【池袋演芸場】ゲストは【左橋・一九】両師(予定)で、例年通りですが…【藝のグレード】が違います!!!乞うご期待。

※全国何処へでも伺います。わかりやすい落語をお届け致します。気軽にお声掛け下さいませ。

【春風亭 勢朝】(しゅんぷうてい せいちょう、1962年8月8日 - )は、群馬県伊勢崎市出身の落語家。落語協会所属。本名は高橋 俊人(たかはし としひと)。出囃子は『野球拳』 ※『揺りかごから墓場まで、歌舞伎町から歌舞伎座まで、何処へでも行って笑わせる…がモットー』

略歴
1979年8月 - 5代目春風亭柳朝に入門「勢朝」を名乗る。1984年3月 - 二つ目昇進。1991年2月 - 師匠柳朝死去に伴い兄弟子春風亭小朝一門に移籍。
1996年3月 - 真打昇進
2001年 - 第6回 林家彦六賞受賞。

※2015年現在…寄席(定席)を中心に、年間250席以上落語を語り、楽屋で3時間喋りまくってます!!




無題
匿名希望  ( 2015年2月12日 14時43分 )  << 削除

プロの目でのご意見を掲載致します。

※ずっとやりたかった「春風亭勢朝師匠と寄席を観る会」が実現した。
2月8日、池袋演芸場に寄席ビギナー
6人を連れて12時30分集合。
当日は長野から4人参加。「池袋演劇場は空気がきれい、なぜならお客さんがいないから」
というまくらが遠い昔の様な超満員大盛況。
春風亭勢朝が亡き師匠を偲んで「柳朝伝」でわかせ、
ホンキートンクが切れ味鋭い瞬発力のある漫才で笑わせ、
春風亭一之輔がテレビでは絶対できない「唖の釣り(おしのつり)」で大爆笑を誘う。
林家二楽が不機嫌な子供に「妖怪ウオッチ」の紙切りを作ってご機嫌にさせて、
川柳川柳が84歳の老体にムチ打って「ガーコン」で軍歌を大熱唱。
仲入り後は、古今亭志ん輔が「宮戸川」をさらっとやって
ペペ桜井がギター漫談で和ませ、
主任の春風亭一朝がたっぷり口跡のいい江戸弁で「天災」を聴かせてくれた。
4時間、「寄席の世界」を堪能することができた。
昼夜入れ替えなしのため夜の部を途中で引き揚げ勢朝師匠を囲んで「解説と楽屋噺」。
ここには書けない面白噺を浴びるように聞いてお開きとなる。
寄席とはつくづくリレー芸だな感心する。
長野から来た寄席ビギナーも「こんなに面白い世界があるんですね」と大満足。
テレビや映画では味わえない生の楽しさがライブの魅力。
いい会ができてよかった

【岡町高弥】さん(私が最も信頼する、本物の藝を見極める眼【『審藝眼』】{薬じゃありません}をお持ちの方です)

※2月1〜10日
【『池袋演芸場』】{1時45分頃}

※2月21日〜28日
【『上野鈴本演芸場』】{2時頃}
奮闘します!!

※3月11日〜20日
【『上野鈴本演芸場』】{2時頃}

※【『高度勢朝の会』】
【3月22日(日)】{池袋演芸場}

※現場至上主義…東西750人と言われる落語家の中で、私の売り物は【『臨機応変』】です。その場の雰囲気に合わせた噺を心掛けてます。場所も選びません!!
歌舞伎町から歌舞伎座まで極めた噺家です!!!

【『生涯現役一プレーヤー』】である事を宣言します!!(私の様な者でも弟子入り志望の若者が来てくれました。大変嬉しい事ですが、断りました。コーチや監督の器ではありません!生涯自分が教えを乞います)

【『あくまでも笑いを追及』】聞かせる落語も好きですが、トコトン笑いに向かい合います!高座だけで勝負しません。打ち上げも含め、最終的にお客様が楽しくお帰り戴ければ本望です。打ち上げ込みで呼んで下さい!!

【『噺家でお伽噺衆』】噺家と言うからには新しい話題(時事ネタ等)語り続けます!!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
※1979年(昭和54年8月)【五代目春風亭柳朝】に入門{場所は新宿末広亭二階『楽屋喫茶店』後見人【馬場雅夫】氏【遠藤末廣亭元支配人】離れた席に【小朝】(翌年38人抜きで抜擢真打)師匠曰く「ついこの間、銀座で水割り40杯呑んでぶっ倒れて、病院に運ばれて、気が付いたら点滴打たれてたので、こちとらこんな所に居る、お兄ぃさんじゃねぇと、点滴外してグァム島行って戻って来たばかりだ…弟子を取れる状態じぁないけど、間に入った方の義理があるから弟子にする。で、俺にもしもの事があったら、あそこに居る【小朝】の弟子にする。あいつは来年真打に成って、必ず売れるから…」との条件で入門を許される。その場で【朝松】と言う前座名を戴いたが、同行していた母(伊勢崎の芸者【竜子】当時は現役)が「余り画数が良くありません」と発言…仲介者呆れる!?「じゃあ、出身地の【勢】を取って【勢朝】だ…高校出て、それから大学行っても良い、もう俺の弟子なんだから、好きにしなさい」との有り難いお言葉に甘え、高校出るまで見習い期間を頂戴する}その年からあっという間の36年でした。

※節目の年の私のバックボーン【『高度勢朝の会』】程が決まっております。

勿論例年になく気合いの会にしますので、早目に予定にお入れ下されば嬉しゅうございます!!

【2015年3月22日(日)】

場所は【池袋演芸場】ゲストは【左橋・一九】両師(予定)で、例年通りですが…【藝のグレード】が違います!!!乞うご期待。

※全国何処へでも伺います。わかりやすい落語をお届け致します。気軽にお声掛け下さいませ。

【春風亭 勢朝】(しゅんぷうてい せいちょう、1962年8月8日 - )は、群馬県伊勢崎市出身の落語家。落語協会所属。本名は高橋 俊人(たかはし としひと)。出囃子は『野球拳』 ※『揺りかごから墓場まで、歌舞伎町から歌舞伎座まで、何処へでも行って笑わせる…がモットー』

略歴
1979年8月 - 5代目春風亭柳朝に入門「勢朝」を名乗る。1984年3月 - 二つ目昇進。1991年2月 - 師匠柳朝死去に伴い兄弟子春風亭小朝一門に移籍。
1996年3月 - 真打昇進
2001年 - 第6回 林家彦六賞受賞。

※2015年現在…寄席(定席)を中心に、年間250席以上落語を語り、楽屋で3時間喋りまくってます!!




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